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杵築城(木付城)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年12月1日更新

守江湾をのぞむ三層の天守閣

きつきじょうのみなみがわ

 建長2(1250)年、豊後を治めていた大友氏2代親秀の6男親重は鎌倉幕府から豊後国速見郡武者所として、八坂郷木付荘にはいり、地名の木付をとり姓とした。鴨川の竹ノ尾の高台に城を築き、これを竹ノ尾城といった。この城がいわば木付城のはじまりで、木付氏4代頼直の時の応永元(1394)年には現在地の城山に移転し、江戸時代になると、城の中心が北側(現在の杵築中学校敷地)に広がり、平地移転が完了します。

 木付城はまたの名を、台山城、臥牛城、勝山城といいます。

 木付城は木付氏が17代にわたり治めた後、前田氏、杉原氏、細川氏、小笠原氏と続き、正保2(1645)年に松平英親が三万二千石の城主となり明治まで松平氏が10代治めました。
 正徳2(1712)年には、3代藩主松平重休のとき、6代将軍徳川家宣からの朱印状に「木付」と書くところを「杵築」と書かれたことから、幕府に伺いをたてて、「杵築」と書き「きつき」と読むこととなりました。
 現在の天守閣は昭和45(1970)年に建てられ、中には藩主が使用した冑などを展示しています。守江湾を一望できるビュ-スポットです。

開館時間・入場料

開館時間 : 9時から17時(入場は16時30分まで)

杵築城入場料

個人団体(30人以上)
一般300円240円
小・中学生150円120円