大原邸
更新日:2024年03月26日
「大原邸」は『居宅考(きょたくこう)』に、宝暦のころは相川東蔵(120石)が住み、東蔵が知行返上後、中根斎(家老新知350石)、岡三郎左衛門を経て、桂花楼となったとあり、御用屋敷桂花楼の場所であったと伝えられています。
「町役所日記」によると、天保3年(1832年)に大手広場にあった牡丹堂に桂花楼は移り、その後は御用屋敷として続いていたようです。
明治元年(1868年)の絵図では、大原家の屋敷となっています。嘉永(1848年から1853年)の藩士帳にみえる用人大原文蔵(200石)の屋敷地です。
大原家が、いつごろからこの屋敷に住んだかは不明ですが、文政(1818年から1830年)以降と思われます。表に桁行八間半(15.46メートル)、梁行二間(3.64メートル)の堂々たる長屋門を設け、左手には桁行四間半(8メートル18センチメートル)の建物が取り付いていたようです。門から敷石伝いに真正面の式台玄関に達する。屋根は寄棟造茅葺とするが、入母屋造の屋根を正面にみせた幅二間(3.64メートル)、奥行一間(1.82メートル)の式台を構え、当時の格式の高さを示しています。式台玄関には、八畳の次の間から鉤の手に10畳(16.54平方メートル)の座敷に通じます。これら接客部分裏の居住部分が完全に分離される点も他の家と異なります。
また、中島をもつ池は大きく、杵築の武家屋敷では最も整った庭園を有することも、当家が普通の武家屋敷でなかったことを物語ります。
主屋は御殿の建物を移築したものと伝えられていますが、明らかではありません。建築年代に関する資料に欠けますが、19世紀中ごろ以前のものか、あるいは桂花楼のものでないかと思われます。
一部を除いては旧状をよく留めており、屋根も残り少ない草葺で、風格をもち、庭園も立派で、杵築における最も貴重な遺構の一つです。
城下町杵築の中核的施設として平成元年(1989年)から観覧のため、一般開放されています。
施設情報
所在地
〒873-0001 大分県杵築市杵築207番地
電話番号:0978-63-4554
営業時間
10時00分から17時(入場は16時30分まで)
定休日
なし
入場料
個人 | 団体(30人以上) | |
一般 | 300円 | 240円 |
小・中学生 | 150円 | 120円 |
※共通観覧券対応施設
地図
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