第51回きつき城下町資料館 秋季企画展開催のお知らせ
更新日:2026年09月16日
秋季企画展『田川奨が描いた日本画展』
企画展の概要
令和7年に杵築市の美術教育や美術振興に多大な功績を残した故田川奨氏の絵画作品32点が、ご遺族のご厚意によりきつき城下町資料館に寄贈されたことを受けて、田川氏が生前に描いた作品の企画展を開催します。
会期:令和8年10月1日(木曜日)から12月15日(火曜日)まで
場所:きつき城下町資料館2階企画展示室
開館時間:午前10時から午後5時まで(ただし、最終入館受付は午後4時30分まで)
休館日:水曜日
入館料:一般(大学・高校生含む)400円(団体320円)、小・中学生200円(団体160円)
主催:杵築市教育委員会(文化・スポーツ振興課)、協力:杵築市美術協会
企画展開催の意義
田川奨氏没後の平成7年(1995)に大分県立芸術会館で遺作特別展が開催されて以来、31年振りの本格的な回顧展となります。
南台の裏丁に位置する自宅兼アトリエを中心に創作活動を行う傍らで、大分県の美術振興や日本画家の育成に情熱を注いだこともあり、「杵築は日本画の王国」と呼ばれるほど優秀な日本画家を輩出する原動力となりました。
田川奨が切り開いた日本画へのまなざしは、杵築市美術展や県美協巡回展(杵築会場)、十一人展の開催など、杵築の人々にも質の高い芸術文化に触れる機会の創出に繋がっただけではなく、父・豊山と共に戦後の大分画壇の裾野を広げる一翼を担ったことが今なお、高く評価されています。
企画展の見どころ
田川奨の作品は、全体的に「焼緑青・黒群緑」をベースにした色彩が特徴で、明と暗のコントラストや独特のマチエール表現で描かれた作品を多く残しています。暗い緑系の顔料を使用した光と影の描写は、田川作品の代名詞にもなっており、特に風景画の中に取り込まれた岩肌や背景表現に田川氏の強いこだわりを垣間見ることができます。
田川氏が73歳の時に発表した「去来」は、田川作品の中では珍しく明るい色彩で「雲とホウキビ」を描いており、代表作の一つとして知られています。
本企画展では、令和7年に寄贈を受けた絵画作品32点のうち風景画を中心に22点を初公開するほか、館蔵品や田川家から別途提供された資料等も含めて、戦後における杵築市の芸術文化を高めた田川奨の業績を振り返ります。(展示点数:28点)

「暈(かさ)」1976年(昭和51)

「去来(きょらい)」1988(昭和63)
田川奨の略歴

スケッチをする田川奨
※「田川奨作品集-去来-」平成7年より
田川奨(1915-1994)は、大分師範学校や杵築中学校で美術教師として活躍していた田川豊山(1881-1957)の長男として、大正4年に城下町の南台に生まれました。旧制杵築中学校卒業後は、「川端絵画専門学校(洋画科)」を経て、東京美術学校(日本画科/現東京芸術大学)に入学。在学中に描いた「そら豆」(学習院買い上げ)や「君が代蘭」(第1回大日美術院展入選)など、画業研鑽に励みました。美術学校卒業後は、大分県に帰省し、学校教員として奉職。その間、2度の応召を受け、兵役に就きました。
復員後は、杵築高校への転勤に伴い、活動拠点を故郷の杵築に移し、大分県の美術教育や美術振興に奔走する傍らで、大分県日本画協会会長や大分県美術協会の要職を務め、杵築市美術展の開催にも大きな貢献を果たしました。
また、各文化団体が主催する「日本画教室」の講師を長年にわたって務め、昭和56年に「紺綬褒章」、平成2年には「大分合同新聞文化賞(芸術)」を受賞しました。
この記事に関するお問い合わせ先
文化・スポーツ振興課 文化振興・文化財係
〒873-0014 大分県杵築市大字本庄2005番地(つぶらなカボスアリーナ内)
電話番号:0978-63-5558
ファックス:0978-63-5559
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